無題

category: 未分類  

書こう書こう、と思いつつすっかり時が経った。
ここまで間があいたのは久しぶりだ。

さまざまなことがあった。

カペラの演奏会。望月さんの「卒業」となった、胸に残る演奏会。

狭山教会でのコンサート。

母方の叔父のご逝去。盛岡に帰り、親戚と過ごしたつかのまの時間。

聖学院教会でのバッハのカンタータ。駅から真反対に歩き続け
最後はタクシーに頼らざるを得なかった嵐の午後。
自分の方向感覚のなさを完全に確認。

それらの間にも、さまざまな人とのレッスンやアンサンブルの指導でも
苦しんだり、
思い当たったり、
うれしかったり、
さびしかったり、
いろいろあった。

ただ、今の自分は「忙」の字の、「心」を「亡」くす、という
状態に近く感じる。
別に自分の時間がないわけではない。
しかし、自分の気持ちがわからない、ということ。
自分にとって親への反抗期がなかったことにやっと納得できる
ようになった。
他人や外からの評価を先にしてしまう事で、自分の感情を
幼い頃からずっと置き去りにしてきたようだ。
人を受け入れる前に、ずっと自らを受け入れられずにきたらしい。

リハビリのつもりで、自分自身に
だいじょうぶ、
なんとかなる、
心配しない、
考え過ぎない、
と話しかけつつ日々を過ごしている最中である。
スポンサーサイト
2017_11_07


はじめに、愚痴である。

ここ数日の政治のニュースを見ると、腹立たしく、
辟易してしまいチャンネルを変えてしまう。
「選挙」が「祭り」として盛り上がり、興奮している人々を
見ると余計に自分は冷めてしまう。
しかし有権者が政治に諦めて投票率が下がる事を喜んでいる人が
どこかにいるかも、と思うとくやしくなり絶対に投票してやる!
と思っている。
どこに、誰に、何に一票を投じるか、今回は今のところ
まったく見通しが立たない。
「新しい」「古い」ことには意味がない。

嗚呼またニュースで流れた。国会解散時の「ばんざーい」と拍手。
ムカムカする。アホか。

* * * * * * * * * * * * * * * *

先日の新聞別紙より。(毎日新聞)
新疆ウイグル自治区の楽器職人の話が紹介されていた。
150年以上も伝統楽器の製作技術が高く「楽器の村」として
有名な村で、600人近くの職人の中でも最高とされる方の
お話。
音楽家によるとその特別な職人の楽器はすぐにわかるという。
「旋律が深く心にしみわたる、そんな音色だからです」
また彼の作った最高傑作の一つの販売を断った理由を次のように
言ったという。
「あの人は楽器の外観の美しさを気に入っただけです。
楽器を弾けないのだから、楽器に真の力を発揮することは
できません。楽器はその音色で聞く人を魅了するために
あるのです」
作り手の強い思い。
「祖父は、職人は楽器がいくらで売れるのか考えて作るようではだめだ、
楽器に心血を注いでこそ良いものを作れるのだと話していました」
われわれにとっては演奏がまさにそのものだ。
深い思い。

* * * * * * * * * * * * * * * * *

来週のカペラ、11月のベアータ・ムジカ・トキエンシスのリハの中で
この数日悩ましく思っているのが、
三度
はまらない。
ああ。。
(~,~?)/??
頭を使って、機械を使っても
やっぱりわからない。
音程が合ってても、響きが、喉が崩れる。

最後は耳だナ。と半分は諦めている。
単音でも倍音としてもうそこに三度は響いているはずだから、
それを聞き取って自分の身体を同調させるしかない。
私は、自然の法則を優先したい。
2017_09_29


今日はレッスンをしていた方から貴重な示唆を頂いた。

最近のモットーは「七割」です。
(手抜きをしたい、ということではなく、肩の力を抜いて
振り抜くようなイメージでしょうか…)
なんて話をしていたら、その職人の方がおっしゃった。

「自分たちの世界には昔から『七分(しちぶ)の心』という言葉があるんですよ」

とのこと。作り手の自分たちだけで完成させるわけでなく、
お客様の存在があって完成する、というようなことらしい。

以前アレクサンダーテクニークの先生から伺った内容にもあったが、
レッスンでも教える側と学ぶ側の責任は半々くらいで考えた方がいいんですよ〜
という言葉。

最近は「考えることによる完璧」を求める方向より、
大枠だけ決めておいてのインスピレーション、「化学反応」
を待ち、楽しむ心持ちになりつつある。

桐生くんがついに10秒の壁を破ったのもつい先日の事。
翌日の新聞の記事によると彼の足首の硬さがひとつの長所となっていると
いうことらしく、私はそれを知って驚いた。
てっきりそのような要素はアスリートにとって克服すべき対象のような
イメージがあったからだ。

まだまだ自分の知らないことは限りなくあるし、一人の人間が
できることなんてたかが知れている。
それよりも、自分以外の力を借り、信じて
助け合ったり、反応し合ったり、
その可能性のほうが開かれているはずだ。

曼珠沙華を見つけるたびに生命の不可思議さを思う。
自然の力は計り知れない。
自らの中にある自然も信じよう。
2017_09_22

最近のテーマ

category: 学び  

すっかり久しぶりの更新となった。

先日空き時間にBSでターシャ・テューダーさんの特集番組に
見入っていた。
存命の時からなんとなく本を読んだりしたこともあったが、
その晩年の”自給自足”の生活の様子を見て、
草花に囲まれる華やかな色彩感の一方、
静けさが修道院のようとも思った。

いいなあ、と思ったのは、
自ら作り上げたぬくもりのあるその家の
日の光に満ちた室内で
彼女が編み物をしていた場面。
くつろいでいながらも
静かに集中しているその姿を見て、
自分もこういうふうに歌っていたい、
また親しい方々にも歌を聞いてもらいたい
と感じたのだった。

* * * * * * * * * * * * * * *

今年はいろいろあって、
急がない
というテーマが自分のタイミングであると感じている。
「〜べき」という思考が先に行き過ぎて、
その時々でうっすら感じた思いや身体の囁きを
聞かずにずっと生きてきた気がする。
徐々にそういった抑圧されたものが心の癖や身体にも
蓄積されてきたかもしれない。

はるか昔に感じた思い。
保育園でおもらししてしまったあの恥ずかしさ。
(…なぜかそういうときの感情って覚えてるんだよナ〜。。)
小3のときに学級会で司会をしたときに、先生に
君は司会は向いてない
と言われたショック("o";)。
中学校のとき好きになった女の子に電話で告白したが
その後ずっと気まずくなってしまったこと。
もう30年近く前になるのにいまだにひきずっていたり
何かしら傷ついていたりする「自分(の記憶)」に気づくと今さら驚く。

あの時の自分に、声をかけてみよう。
だいじょうぶだよ。
気にすんなって。
まだ子供なんだから。
失敗してもだいじょうぶ。
って。

そして、今の自分にも同じようにつぶやいてみる。
大人だけど、失敗しても(たぶん)だいじょうぶ。
急がなくてもいいかな。
いまの感覚に耳をすまそう。
いまの思いを感じて自分には隠さずに表現する。
でないと、自分の気持ちを見失ってしまうかも。

* * * * * * * * * * * * * *

自分の心が安らかでありますように。
みなさまの心も安らかでありますように。

2017_09_07


半月あまり取り組んできたプロジェクトのコンサートが
昨日終演した。

お越し下さったみなさまありがとうございました。
他の種類のコンサートにもいつも来て下さる方から、
早くお仕事を切り上げられたので今回は来られた!という方。
数十年振りにたまたまお会いできた方まで
いらっしゃいました。
結果的には、一日で百人程度のお客様に聴いて頂けたことになります。
感謝です。

それにしても一日二回公演というのは効率がいいように見えて
(効率はいいのだが)なかなかシンドイ。。
昼公演の後、自分はマッサージを受けに行って時間をつぶしたが、
どこかで一度「積極的に」リラックスする時間が(自分には)必要なのだ。
身体の疲れもあるが、なによりモチベーションをもう一度高めるために
一度すべて解放させ忘れるプロセスが大事だ。
「慣れ」は非常に油断ならない。
音楽はいつも新鮮でありたい。

コンサートを終えて今日はまだうまく振り返られずにいる。
快適な瞬間もあれば、混沌とした時間もあった。

ともかくも、今回は特に美加恵さんとルネさんに多くのことを学んだ。
自分は今回のジャンルには明るくないので、両氏にそれぞれの
アドヴァイスを頂けて大いに勉強になった。
楽譜の読み方であったり、頭で考えることではなく音(声)のイメージ
であったり幅広い内容である。

逆に難しかったのは、ホールにおける自分たちの歌いやすさ(演奏しやすさ)
とお客様たちへのパフォーマンスを両立させること。
私は今回初めて会場の中央でサークルを組んで演奏する隊形を経験したが、
互いの位置や距離感がまた難しかった。

自分は本番当日はほぼ普段でない精神状態であるので、
もう立ち位置とかあまり覚えられない(- -;)
だからさまざな提案をしてくださる方々のおかげで当日の演奏会は
成り立つ。共演のみなさまありがとうございます。

先月の初のリハも実は直前に風邪を引いてキャンセルにさせて
しまった。体調管理はまだまだだ。
四十代なりの心と身体のメンテナンス、自分なりに編み出していかないと。
それと、数日のオフの間今年後半〜来年頭までのコンサートの準備を
しなくちゃ。
歌うのは一瞬だが、準備には途方もない時間がかかるのだ。
優柔不断なわたしにとってはこれがまた大変な作業となる。

お盆と言えば、じいちゃんがどーんと座って新聞を持って
高校野球を毎日見てた光景を思い出す。
皆さまも、このお休みにはご家族とともに
和やかに、またご先祖様を思い、過ごされますように。

さまざまな国における内戦も、中国の地震も、九州の被害も、
同じ時代に起きていることとして目を背けず、

緊張の高まる世界情勢だからこそ
平和であることについて想う。

食べ物もあり
傷つけられる恐怖もなく
寒さ・暑さに対しても文明の利器に助けられ
家族と一緒に過ごせる今のひとときが
幸せだということを思う。

ご先祖様に感謝。
2017_08_11


10  « 2017_11 »  12

SUN MON TUE WED THU FRI SAT
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

プロフィール

もりおい

Author:もりおい

FC2カウンター




page
top